

グランピングで地方に活気を!キャリアを自分にプレゼントする森脇社長にインタビュー
今回インタビューした方はこちら!

山口県下関市出身。関西大学卒業後、三井住友銀行で5年間勤務。
故郷を飛び出したことで、改めてふるさとの素晴らしさを感じ起業を決意。面白い事業で、日本の地方の未来を創るために2017年に株式会社レストレーションを設立。
現在は広島県尾道市でグランピング施設を3拠点経営。
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森脇さん、本日はよろしくおねがいします。

よろしくおねがいします。

まずは社長の学生時代について聞かせてください。

学生はキャリア選択の時期ですよね。そのためには、自分自身に対して多種多様な環境をプレゼントしてあげることが必要だと思っています。そして自分の欲望や喜怒哀楽といった感情を大事にすべきだと思っていて、そこから熱が起きて、何か一歩踏み出すエネルギーになるんですね。僕の場合はサッカーと英語でした。
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自分自身に環境をプレゼントする。それがキャリアにつながるという事ですね!
社長がサッカーと英語をがんばろうと思ったきっかけは何だったんですか?

中学校の英語の先生に憧れて、その先生みたいになりたくて英語力を磨きました。英語の授業のとき、ギターを弾きながら洋楽の歌を歌っている様子が本当にかっこよくて、いっぺんに英語が好きになりました。自分も真似をしてギターを練習したり、 そうそうハーモニカも練習したなぁ。

ちょうどその頃、近所のサッカーをするお兄ちゃんにも憧れて、サッカーを始めています。全部真似してくっついていましたね。

大学では、英語の教員免許を取ろうと思って教職の勉強しながら、週7でサッカーしていました。休みの日も午後から 地元の高校生に教えに行って、サッカーに励んでいましたね。ただ、200名もいる部で13番目のゴールキーパーだったんです。レギュラーになれず辛かったですが、グラウンドの外に自分のポジションを見つけました。
練習中、「あいつ、いい声出してるなぁ」って先輩からも言われていたんですが、当時、大西ライオンが流行っていて、その真似もよくしていました。そんな感じで目立っていたので、部員180人ぐらいがスタンドで応援する中で、1年目から僕が中心となって応援するパートが作られました。みんなが僕に合わせて、歌ってくれるんです。
自分が中心になって、周りの人たちが自分の指示を聞いてくれて。サッカーではグラウンドに立てなかったけど、チームの中では必要とされているというやりがいは、今思い出してもたまらなかったです。

就職活動はどうでしたか?

サッ カーの経験から、より多くの人に必要とされる環境に身を置けるところがいいと思いました。
総合商社とかいろんな仕事ができる会社を探しましたが、特定のメーカーとかじゃなくて、色んなものを取り扱ったり、色んな人に出会えるのがいいなと思ったとき、お金って誰でも必要なものだと気付いて、お金のプロ、銀行員になることを決め、三井住友銀行に入社しました。
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最初に選んだ道は銀行だったんですね!

そうなんです。当時は、銀行に入社して、そこで長く働きたいなと思ってました。

銀行員時代に苦労されたこととかはありますか。

めちゃくちゃ苦労しました。まず、数字が苦手だったんですよね。
大学では文学部だったし、支店でお札を数えると数字が合わないんですよね。今思うと事務も苦手でしたし、そういう面で苦労しましたね。
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そうなんですね。では、銀行員から今の事業を始めようと思ったきっかけを教えてください。

銀行員を選んだ理由がより多くの人に必要とされたいということがありました。特に、たくさんの社長さんに会えるわけです。毎日、いろんな社長と入れ替わり立ち替わり、話をするわけですよね。それがかっこよかったんです。それに「会社を作るって楽しそう」と思ったんですよ。
今まで自分が会社を作るなんて選択肢になかったんですけど。それと同時に、「この人にもできるなら僕にもできるんじゃないか」とも思ったんです。
最初にキャリアは環境のプレゼントとお話したんですけど、僕はラッキーなことに会社を作るという選択肢が、銀行という環境の中で出てきたんです。
近所のお兄ちゃんとか中学校の先生憧れたのと一緒な感じで、社長への憧れが、会社を作ろうと思ったきっかけですね。
